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遊星歯車機構

主に三次元

アンリーの意義を否定的に考えてみる。

アンリー。〇〇オンリー+✖✖アンチ=アンリー

凄い言葉ですね。

有名なアンリーは今の時代なら大野智さんのアンリー(✖✖に当たるのは大抵松本潤さんです)、少し前なら光一さんアンリー(✖✖に当たるのは剛さん)なんじゃないでしょうか。ジャニーズ以外だと東方神起ユノのアンリーもいますが(この場合✖✖はチャンミン)とりあえず私はキンキさんが好きなのでキンキさんの光一さんアンリーに関しての否定的な意見。

アンチは肯定的に見られるけどアンリーは肯定的に見られない、という話です。書いたのは2015年8月なのでちょっと古いですが。

 

 ↓ここから。

 

久しぶりにひたすら光一さんオンリー剛さんアンチの方々の呟きを隅から隅まで目を通してみました。(個人的な趣味です)

なにがすごいってあの方々が何年ああいう主張を続けてらっしゃるかという……私、某所時代(所謂「土星」ですね。懐かしい)も覗いてたのでかれこれ15年くらい? もっとかな? 続けてらっしゃるってことですよね。

いやぁその努力をどこか他所に代用できれば随分なエネルギーになるなーと感心してます。

物事に関しては「この意見」があれば「あの意見」もあるので須らく意見を聴いて最終的にどう自分が思うか、というのを導き出せればそんでいいかなと思って、多方面覗くんですが、愚痴っているあの方々は光一さんのいうところな「ブスは嫌い」に自分は当てはまらないと思ってるのも興味深いです(私も大概失礼ですね。申し訳ないです。まぁこんなの書いてる時点で私も光一さんにいわせりゃ「ブス」ですよ。違った、光一さんに言われなくてもブスだった/笑)

まぁでも光一さんを崇め奉ってどなたかを貶すに至った、という気持ちはわからないこともないんです。過去のコンサートでそれはイジメにも該当するんじゃないのというかの言葉も生で聴きましたし(個人的には「お前は客なんて屁みたいなもんやろ、緊張なんてせぇへんやろ」あたりの言葉が結構自分は痛みを感じました。もう過去の話なので詳しくは語りませんが。Fコン追加以降の話ですね)で、それに対して光一さんが口を噤んだのも見てきてるわけで。

ただ、もうそれは過去のことですし、私が体感したものと光一さんが体感したものは同一のものではないし、あの場に居たすべての人間が同一の意見だなんてことは有り得ないわけで。あの発言でも気にしなかった人はいるでしょうし、そこはもう千差万別人それぞれだと思います。

静かに去って行った方もいるでしょうし、残った方もいる。 あの時の当人の気持ちなんていうものは他人が推し量れるものではない。

自分は光一さんじゃないし剛さんじゃない。彼らの中で今それは終わった話(そもそも「始まったわけではなかった」可能性の方が高い)であれば他人が口出しするもんでもないと思うのでした。

その辺りは私も反省しています。勝手に傷ついて勝手にいろいろ考えて勝手に理想を押し付けてふたりには大変申し訳なかったな、と。

結局、 当人の気持ちは当人にしかわからないものなんです。外野が口を挟んで「あなたこう思ってたでしょ! 私が代弁してあげる!!」じゃ完全なモンペです。 アンリーはずっとそれを行っているという。

あの人たちは「私たちこそが真の光一さんの代弁者」なんですよね。

それを15年……多分これからも10年20年と加算されていくのかな。この方々がいつまで相手を罵って暮らしていくのかな、というのは非常に興味深いものがあるのでした。

多分最終的には光一さんも貶すんでしょうけどね。 自分の思うようにいかなければ。(すでにそういう発言も散見されました。「これだけ私たちが声を上げているのにご本人が動かないとなにも起きない!! 私たちの気持ちに気付いて!!!」等。いや、テレパシーは無理だとおもうけどなーそもそもイチファンの意見でアイドルは動かないでしょう。普通に考えて)

光一さんが最も孤高で素晴らしい存在だから、バラエティという低俗な仕事をさせてその価値が薄れるのが嫌だ、という意見を見かけますが(今書いてて思い出したけど、これ東方神起でも同じ意見がありました。「バラエティ」=「低俗」と結び付けやすいとか……叩きやすくて賛同を得やすい、とか? ここも気になる点です)自分の意見をひたすらに主張して押し付けているという図に「気付いていない」ところがまた興味深いです。

光一さんのことを誰よりも想っているように見えて、その実光一さんの意見は無視されているという。

光一さんが孤高で清廉で素晴らしい存在である ということと、 バラエティが低俗で下品だからそれに出演することで価値が下がる ということはイコールになりません。別次元の話です。

光一さんが素晴らしい存在、というのが前提条件であればバラエティで価値は下がらないからです。もともと素晴らしいのであればなにをしていても素晴らしい。本質は揺るがない。普通はそう思うんじゃないかと思うのですが。

それでは何故「バラエティが下品だから出演すると価値が下がる」と思うのか、というと、それを発言する側が最初からバラエティを小馬鹿にしていて、その上「自分の思う光一さんはそんなところに出演しない」という願望があるからです。

光一さんが素晴らしいこと、は光一さんの「本質」であって、後者はただの発言する側の「願望」です。

願望と言うのはなにかというと言葉を悪くすれば欲望です。

自分が「こうあってほしい」「こうでなければ嫌だ」という気持ちを「相手に押し付けている」という状況です。

その根本を辿っていけば「自分の思う光一さん」に「光一さん本人」が「忠実であってくれなければいけない」という感情があると思います。これはなにかというと、正直ファンの思考ではないと思う(苦笑) ある程度の理想は押し付けられる存在だと思うんですよ、アイドルって。でも「私の思うアイドル像」を本人に声高に押し付けるのは違うでしょう。心の中で思うくらいがちょうどいい。

 「自分が認めた人間が、自分の思うような場所で、自分が描く最高の舞台で、誰からも汚されず、すべての人に愛されていなければ嫌だ」というのは結局

「そういう人間を自分は信奉しているの。私は素晴らしい人間を見つける目があって、そのためにすべての害悪を排除したわ。あの人を全てから解放できるのは私しかない。私が見つけたあのひとは全世界の人間に認められなければいけない素晴らしい孤高の存在!!!」

ということにほかならず(まぁ極端に書いた自覚はあります/苦笑)、なにが言いたいかっていうと、光一さんの本質云々じゃないんだよねっていう。

あの方々は光一さんにかこつけて「自分の価値」を信じたい人たちなんだとそう思っています。今のところ。

「光一さんの価値」を信じたい人ではなく「光一さんと言う存在を見出した自分自身には価値がある」と信じていらっしゃる方々だと。

自分の価値を高めるために「光一さん」という存在を見つけてキンキで色々あった過去に難癖をつけて剛さんを貶す。願望を押し付ける(解散してほしいとかそう言う類の)。

そうすることで、それが叶わなければ悲劇のお姫様を演じることができる。(叶わない要望を声高に叫ぶことによって悲劇を演じることができる)ついでに自分がもっと頑張って声を上げることによって光一さんひとりを輝かせることが出来ると言う「充足感」もあるという。ついでにもしふたりが各々の道を踏み出し始めるなんて日がきちゃったら(こないと思いますが。)「わたしが光一さんをここまで育てたの! 私だけが光一さんの本心を知っていたの!!!あの人は解放されたがっていたのよ!」と自慢できるというオプションまでついている。

自分の人生を肯定するにあたって、非常に楽な方法で自分を高めているなぁ……(いや、実際はそんなもんで人間力は高まらないんですけど)と思うのでした。

書いててなんですが、貶す意図は全くないです。ここまで書いておいておいおい、て感じですが私はあの方々がどういう方向に向かっていくのかというのも非常に関心があります。

キンキさんは解散しないでしょう。各々のソロワークは充実しているけれども、それでも帰る場所はキンキだとお互いが公言してるじゃないですか。あとブンブブーン見て解散とか言う人の気持ちが正直全く理解が出来ないです(笑)二人の長年の関係性が年を経たことによってもっと穏やかになって今、とてもいい雰囲気だと思います。二人でいることがとても「自然」に見える。

アンリーは番組見ることも殆ど無いと思いますが、二人でいる場所。というのも彼らの人生の中で大事な場所なんではないかと思いますが。生田君が時折言うじゃないですか「グループが羨ましいときもある」と。彼は友達もたくさんいるでしょうから悲愴な感じでそんなことは言いませんがそれでもだからこそ、「なるべくして組んだ相方」というものは大事なものだと思うわけです。お互いに。

若い頃にひとりきりだったら越えられない壁もあったかもしれない。だけどそれを越えられたのは「ふたり」だったからでしょうし「ふたり」だからこの先の未来も「楽しい」と思えることだって多い筈です。何故彼らが「解散したい」と声高に叫んだわけでもないのに、解散を推し進めるのか意味が解りません。

彼らの場所は彼らが決める。彼らの未来も彼らが決めます。

もう36歳と37歳のいい大人です。仕事の内容如何をモンペのようにファンが文句を言うのも恥ずかしいことでしょう。彼らは仕事に誇りがあるはずです。まずはそれを「尊重する」という姿勢をファンが見せたっていいのにな、と。ソロワークと二人の活動内容に差がある、というのはおかしな話です。別のものを比べる必要はない。

「これ」は「これ」で「あれ」は「あれ」です。「これ」が「あれ」になることはありえないし「これ」と「あれ」を比べること自体本来不毛な論議です。

働き過ぎだなぁって思うことはあるし事務所どうしたー?て思うこともそりゃあ長年ファンやってりゃ思いますが、彼らは良い人だと思うわけです。だったら彼らの周りの人間だってきっと良い人が集まっていると思います。人はその生きざまが顔に出るし周囲の環境にも反映します。自分が信じた人の周りに良い人がいないわけないじゃないですか。その周りの人間まで疑ってかかるのは私は嫌だなぁと思ってます。彼らなりの最善の方法でこれからもファンを楽しませてくれるだろうと思ってます。まぁそこにいてくれるだけでありがたやーて思ってますが。生きて、楽しく生活してくれてるだけでも個人的には十二分にありがたいです(笑)

アンリー、不可思議な存在です。理解できる箇所もあれば全く分からない箇所もあります。とんでもないアイドルっていうのは周りの人間を巻き込むんだなという事例として今後も傍観しつつ時折考えていきたいです。 皮肉でもなんでもなく心からそう思うのでした。

此処まで書いた話は「こういう考え方もできるよ」っていう話なのでこれが「正しい」わけでもないです。いろんな方がいらっしゃっていいと思います。 言論の自由がある国ですから。

ただ、ふたりには心穏やかに過ごしてもらいたいなぁ。世間の声とか気にせずに。 ってちょっとだけ思っているのも事実です。

実は昔剛さんがすこし苦手だった話はまた今度にでも。

 私はいま、ふたりが好きです。